統計物理学は、様々な要素が相互作用しあった際に系が示す非自明な現象とその本質を真剣に研究する広い学問体系です[注]。既存の物理学の枠組みに捉われることなく、新しい分野(例として、「引き込み現象の科学」、「社会現象の物理学」などなど)が生まれてきました。その意味で、「Theory of Everything」の分野と言えます。統計物理学は、新しい分野をも開拓することができる本当に魅力的な、そして深遠な分野です。進取の気性に富み、開拓心に燃えた積極的な学生を歓迎いたします。
理論の研究室ですから、学生には物理学科の中でも数学的な能力が高いことが望まれます。また、「自ら主体的に物事を考えること、物事を疑ってかかること」ができることが必須となります。
[注]統計物理学と統計力学は異なるので注意してください。統計物理学は統計力学を含む広い学問体系です。
以下、本研究室で研究してきているテーマを挙げます。過去の研究室論文に関しては、Google Scholar も参考にしてください。
ゆらぐ系の熱力学(Stochastic Thermodynamics)
- 前の大学で書いた書きものや過去のプレスリリース 1 , 2 , 専門誌での特集記事なども参考にしてください。
- 本テーマはサイエンス社から出版された本「ゆらぐ系の熱力学」で詳しく説明されています。
自然界における不可逆性を記述する熱力学は、ナノスケールやミクロンサイズなどの小さなスケールでどのようにふるまうでしょうか?小さな世界では様々な物理量はゆらぎ、我々が知っている静的なマクロな熱力学がどのように変更されていくでしょうか?また、非平衡状態でも普遍的に成立する熱力学的な法則はあるでしょうか?このような疑問を定量的に扱う分野が「ゆらぐ系の熱力学」です。これを軸に、これまで有限時間での不可逆過程における「出来ることと出来ないこと」の緻密化を行ってきました。熱力学的なエントロピーがどのように増大してくのか?非平衡系の諸現象にエントロピー生成がどのように関わってくるのか?が重要なテーマになります。
また、我々の体内にある分子モーターなど、熱的な物理現象として解釈できる現象には、ゆらぐ系の熱力学の手法や結果は大事な知見を与えます。それ以外にも、微小な熱機関における量子効果も重要なテーマになります。
数学的には、確率過程の数学的技術が大事になります。量子系を考える際には、リンドブラッド方程式など量子系の散逸ダイナミクスが重要になります。
量子孤立系における熱化現象、情報とダイナミクス
関連内容の過去のプレスリリースとして、1, 2, 3, 4 , 専門誌での特集記事 1, 2 なども参考にしてください。
近年、冷却原子気体 や イオントラップ、またリュードベリ原子などを使って、熱的に外界から切り離された理想的な量子多体系を実験的に実現することができます。このような理想的な多体系を用いると、新現象のみならず、量子力学や統計力学の原理に関わることも実験的に研究することが可能です。そのような実験を意識しながら、基礎的な理論的研究が近年活発に行われています。
本研究室では、主に次の3つのテーマを研究しています。(1)量子情報の伝搬(2)量子系の熱化現象(3)量子効果が顕著に現れる新現象の開拓
(1)量子情報伝搬の問題では、エンタングルメントなどを含むあらゆる情報が量子多体系をどのように伝搬し得るのかという問題です。情報を量子多体系を通じて伝搬させるときの限界はなにか?どのようなときに異常に速い情報伝搬をさせることができるのか?という疑問が、背景にあります。
(2)量子系の熱化現象では、量子多体波動関数の時間発展において、熱化現象がどのように発現していくかを考察します。固有状態熱化仮説やその周辺の話題が重要なキーワードになります。量子多体系に周期外場を与えた際の熱化現象や量子現象なども大事なテーマです。
(3) 孤立量子多体系では、量子効果が重要になる新現象が次々に発見されています。このような背景から、新しい非平衡量子現象の開拓や提案が3番目のテーマになります。量子測定が重要になる新現象の例として、測定誘起相転移などがあります。
メゾスコピック輸送現象、流体力学 (Transport、Hydrodynamics)
ずっと昔のプレゼンファイルや書き物なども参考にしてください。
熱輸送現象や電子輸送現象など、熱やものが動く現象は最も典型的な非平衡現象です。電子はフェルミオンでありエネルギーが高く、また自明に測定装置と電磁気学的相互作用をするため実験がしやすく、これまで物性理論において中心的な対象として研究されてきました。メゾスコピック系の量子ドットを介した電子輸送は、条件次第で確率過程として理解することができ、ゆらぐ系の熱力学を考える際の重要なモデルの一つになります。量子性が顕著になるとき、近藤効果という非自明な輸送現象が出現します。
また、熱の移動は、熱と実験装置が電磁気学的相互作用で直接的に結びつきにくいため測定が難しく、電子輸送に比べると遅れた研究分野と言えます。しかし近年では、理想的な物質開発や実験技術の向上により、熱輸送現象の測定やコントロールなどができるようになってきています。熱輸送現象において典型的な統計力学的題材は、低次元異常熱輸送現象です。低次元性由来のおおきな熱ゆらぎによって、熱伝導度が発散するという異常が起こります。この現象は物質の安定性などにも関わる重要なテーマであり、理論、実験、そして数学の分野が融合して研究が進んでいます。特に近年では、ゆらぐ流体力学の枠組みから、熱輸送を含む様々な輸送現象を流体力学的に理解しようとする新しい流れがあり、注目されています。